INICIAR SESIÓN夕食会では当然のようにアルコールが投入され、「今回のフェア売り上げ全国一位を祝おう!」という、テンプレだけど断れない流れが発生した。 浴衣に着替えた一同が宴会場に集結する。 普段は原色ポップなアイス屋制服に包まれていたメンバーが、急に和装。 情報量の落差がすごい。 全体的にそわそわしていて、視線が定まらず、恥ずかしげな笑顔を浮かべ合っている。 ――はい、これが「慣れない格好をした美男美女の集団」です。 そんな中、会場の一番奥。 まるで初期配置から決まっていたかのように、白っぽい浴衣の小瀧と、黒っぽい浴衣の佐伯が並んで座っている。 ……はいはいはい。 もう分かりました。目の保養案件ですね。 ド冬にもかかわらず、こんな高カロリーなビジュアルを提供していただき、誠にありがとうございます。 一応ここには、高橋と橋本という「公式に付き合ってます♡」系のBLカプも存在している。 店長・副店長・SV公認、もはや職場公認CP。 ただ、俺はどうしても、ああいう小悪魔全開・可愛いに全振りした受けが得意じゃない。 ごめん橋本。お前らは端っこの方で勝手に乳繰り合っててくれ。俺の視界に入らないで。 宴会が始まり、懐石料理が次々と運ばれる。 ビール、日本酒も追加され、場のテンションは指数関数的に上昇。 ――この時点で、BがLする予感しかしない。 そして、その予感は裏切られなかった。 佐伯が、ほんのわずかに体を傾け、小瀧の耳元に顔を寄せる。 声は低く、周囲にはほとんど聞こえない音量。「今日は特別許すけど、飲みすぎるなよ」 ――は???? 今の聞いた??? 「許す」??? いきなり彼氏ムーヴかましてくるな。 ということは何だ? 普段は許してないってこと? つまり、小瀧は酒でやらかす前科持ち……? 俺はさりげなく小瀧を観察対象に設定した。 結果は――悲しいくらいに、的中する。 温泉の時間も考慮して宴会がお開きになった直後、小瀧の無双フェーズが開幕した。「あはは!えっ、本当に? 熱海って『熱海県』じゃないの? やっばぁ、俺ずっと静岡と熱海って別の場所だと思ってた〜〜!」 テンションは最高潮。一人で大爆笑。 その横で佐伯は、仏頂面のままスマホを操作している。 もうこのレベルの発言も
「バレたらどうしよう」って顔してるけどな、小瀧。 もう全部、俺にはバレてます。 俺は視線を前に戻しながら、心の中で静かに叫んだ。 ――移動中からこれは、強すぎる。まだ熱海着いてないんですけど!!? 序盤から供給過多で鼻息が荒くなる俺が落ち着く頃には、もう旅館に到着していた。 つまりは時間の割愛である。ご愛嬌という事にしていただきたい。 *** まず最初に、各自の荷物を部屋へ運ぶ流れになった。「部屋割りは、俺の方でテキトーにやっといたから。ルームキーは無くさないように気をつけてね」 店長がぺらぺらの手書きメモを掲げる。 それをみんなで覗き込みながら、自然と視線が走った。 女子は全員まとめて一部屋。 店長と副店長。 橋本と高橋。 山田と川岸。 そして――「……えっ、俺と佐伯と小瀧……?」 思わず声に出した瞬間、佐伯が、はちゃめちゃに不穏な表情になった。 うん、そうですよね。 どう考えても俺、邪魔ですよね。 すみません。生きててごめんなさい。「リニューアル工事中で、それ以上二人部屋が取れなかったらしくてさ。三人部屋だけど、大丈夫だよね?」 店長は悪びれもせずそう言うが、空気は明らかに大丈夫じゃない。「あ、俺は全然いいですよ。モブ太朗くん、部屋でいっぱい喋ろ」「アッ、アッ、ウン、楽しみィ……」 嬉しそうに言う小瀧。 ……なあ、小瀧。そう思ってるの、多分お前だけだぞ。 ほら、後ろ見て。佐伯、今なら視線だけで人を殺せる感じだから。 一方で、少し離れたところではモブ美たちが小さくガッツポーズをしていた。 観察にはもってこいのチャンスだもんな。 でも、やめて。俺のメンタルが先に死ぬ。 佐伯の突き刺さるような視線を背中に感じながら、俺たちは部屋へと向かった。 ルームキーを差し込み、ドアを開くなり、小瀧は窓の方へ駆け寄る。「わー、景色めっちゃ綺麗。写真撮んなきゃ」 完全に浮かれている。ずっとニコニコしっぱなしだ。 しかし、俺はまず真っ先に確認すべき最重要事項に取りかかった。 ――寝床だ。 その形態によって、俺がこの夜を無事に生き延びられるかどうかが決まる。 どうやらそれは佐伯も同じだったらしく、ほぼ同時に部屋の中を覗き込んでいた。 用意されていたのは和室。敷布団スタイルだっ
慰安旅行当日。 集合場所の駅前には、すでに貸切の小型バスが停まっていた。 「来た順に、好きな席に座ってね」 店長のゆるい号令で、メンバーがぽつぽつと乗り込んでいく。 空いている席が少なくなってきた頃、最後に現れたのが佐伯と小瀧だった。 いつもより、二人ともちょっとお洒落な服装だ。 佐伯はいつものパーカースタイルではなく、黒のチェスターコートにボトルネックの白いセーターを合わせていた。ボトムスは黒いスラックスで、まるでブランドのモデルがそのまま出て来たようにしか見えない。 一方の小瀧も、いつものラフな雰囲気とは違っていた。 こげ茶のダブルコートに、白のハイネックニット、黒のパンツ。色味を抑えた組み合わせなのに、全体がやたらと整って見えるのは、本人の雰囲気のせいだろう。 そして何気なく斜めがけしているショルダーバッグ。 俺でも一瞬で分かる、あの王冠モチーフのロゴ。何度も見たことがあるし、オタク界隈でも「持ってるだけで思想が伝わる」と言われがちな、ヴィヴィアン・ウエストウッドだ。 服装自体は主張していないのに、バッグだけが静かに存在感を放っている。 ああ、これもしかして、佐伯からのプレゼントだったりするの……?なんて考察が進むばかりだ。 そして小瀧、お前「俺の服ですよ」って顔してるけど、思いっきりそのニット佐伯のじゃない……? 俺、いつぞやのシフトの帰り、更衣室で佐伯がそれを着てるの見た事ある気がするんですけど……。 二人は特に相談するでもなく、ナチュラルに狭い通路を抜けて、一番後ろの席に並んで腰を下ろす。 ……うん、もうこの時点で“そういう距離感”なんだよな。 直後、モブ美たちから無言の圧が飛んできた。 目で「行け」と言っている。 はいはい、承知しましたよ、観測担当モブですものね。 俺は移動し、通路を挟んだ反対側の席に座り直した。 すると、小瀧がこちらに気づいて、ぱっと表情を明るくして微笑んだ。 「モブ太朗くんじゃん、おはよ。楽しみだね!」 朝からマイナスイオンのシャワー、ありがとうございます。 その笑顔だけでHPが回復する。 ……ただし、その奥。窓際で般若みてぇな顔して佐伯が俺を睨んでいる。普通にチビりそう。 「ホァッ……うん、タノシミダネェ……」 苦笑いしつつ片
地獄の繁忙期を生き延び、全国店舗売り上げ速報が出る、年に一度の運命の日。 バックヤードから聞こえたのは、人類が喜びを最大出力で表現した時のみ発する奇声だった。「うぉっしゃあああ!今年も一位だ! みんな、熱海だ! 慰安旅行に行くぞぉおおお!!!」 店長と副店長が昼間のバックヤードでガチ抱擁。その情緒は、体育祭優勝クラス並みだ。 それをぽかんと眺める小瀧と、休憩中の佐伯。 俺もレジ金の両替中だったが、その盛り上がりぶりに思わず突っ込んでしまった。「い、慰安旅行とはなんですか……?」「今年は優勝した店舗の従業員全員が、熱海に一泊二日で泊まれるんだよ!」 店長のテンションは天元突破。(※いや、ラップではないのだが) 副店長は、佐伯の髪を後ろからワッシャワッシャと撫でながら「佐伯くんのおかげだよ〜!」と笑っている。 しかし、当の本人は「やめてもらっていいっすか」と軽く一蹴していた。 はい、ここで一つ。佐伯の弁当箱に注目して欲しい。 小瀧と全く同じ弁当箱。中身も完全一致。 ごましおご飯に鮭としば漬け、小さめのコロッケとナポリタン、ブロッコリー。 デザートなのか苺まできっちり収められている。 ガチで気合いを入れた愛妻弁当にしか見えない。完全に黒。というか、同棲確定ラインだ。 佐伯も小瀧も、何食わぬ顔で箸を持ったまま食べ続ける。 佐伯が隠さないのは、小瀧の料理を純粋に食べたいからなのか? 俺が横目で観察していると、店長が肩に手を置いて言った。「佐伯くん、現地で好きなもの奢ってあげる。正社員の俺らは、報奨金入るし」 売り上げ好調の理由は、佐伯のシフト管理・新人教育・客捌き、すべて彼一人に依存しているからだ。 社会人の尊厳はどこ行ったんだ。 佐伯は箸を置き、怠そうに呟いた。「面倒くさいんで、行きたくないです。欠席でお願いします。土産も要りませんので、お気遣いなく」 即答。だが全員参加が実施の条件だと即却下される。「……旅行の代わりに、俺一人で店で働いてる方がマシです。クソイベ行っても逆に疲れるし、何にも『慰安』にならないんで」 慰安旅行をクソイベと断言する佐伯。解釈一致。 だがテーブル向かいで小瀧がチラチラ佐伯を見ている。 なんなら、思い切りその顔に書いてある。 “佐伯と行きたかったなぁ……”と。
「今の動き、無駄が多すぎ。その一往復で何人待たせたか、数えてから動いて」 佐伯は結構、というか無茶苦茶、自分の考えをはっきり物を言うタイプで、波風が立つとかそういう概念を軽く超えて台風レベルで突っ込んでくる。 でもそれは、効率を重視し「その後の仕事がいかに楽になるか」を徹底的に計算しているだけで、合理的行動の一形態だ。 ある程度、佐伯が思う効率化された状態になれば一気に手を抜いて、気怠そうに時間をやり過ごすことも分かった。要するに、佐伯は滞りの悪い問題点を改善して、いかに力を抜いて金を稼ぐかを考え、それを実行する天才だった。 そんな佐伯とシフトが被ることが増えてから、俺は“あること”に気づいた。 アルバイト仲間の「小瀧南緒」が、佐伯を常に目で追っているのだ。 (うわー……すっげぇ見てる。佐伯が後ろ向いてるとき、ほぼ見てるのでは……?) 佐伯と同じシフトだと、小瀧はやたらと視線を固定しているのに、本人に話しかけられると即ケンカが始まるのも、見ていて違和感を覚えた。「お前、いい加減にしろよ。パンダの左右の目玉くらい対称にデコれないの? 生後6ヶ月から入れる保育園からやり直せよ」「それは慌てて作って失敗しただけ! お客さんにはちゃんと可愛いの渡してるし! なんで俺の失敗だけほじくるの!? 人でなし! バカ!」「お前以外の奴にも、失敗は指摘してる」「いつ?聞いた事ないし。何時何分何秒?地球が何周周った時?」 言い合いの99.8%は下らない内容。 小瀧の方なんて、悪口を覚えたての小学一年生みたいだ。「UTCで言うと11時47分03秒。地球が約40,075kmのうち23km進んだ時」「はぁ⁉︎ 全然意味分かんない、何それ!」 だが、ここから小瀧の性格特性と佐伯の反応パターンを観察すれば、心理的互換性を測定できる。 小瀧は天然で抜けているが、佐伯も過剰に反応気味。 しかも言葉の鋭利さは他のアルバイトに向けるそれよりも鋭い。暗闇で刃物を全力で振り回してるみたいな感じだ。 そのくせ小瀧は、佐伯に「これ取って」「あれ手伝って」と甘える部分もあって、意地悪された後でも自分からその近くに寄っている。 (これ、もしかして……もしかしなくても……?) 俺のBLレーダーが「ピピピピピ※過剰反応」状態に突入。 距離と苗字呼びの組み合わ
どもです。 ワイ将の名前は、モブ田モブ太朗。 日本で一番有名な東帝大学工学部に通う、ゴリゴリに理系の三年生。 そして「年齢=彼女いない歴」を、この先も半永久的にインクリメントし続ける予定の、生粋・純度百パーセントの腐男子だ。 元々オタク気質ではあった。 アニメ、漫画、ゲーム、一通りは嗜んできた自負もある。 だが中学時代、「BがLする世界」の存在を知ってしまったのが運の尽きだった。 あの日から俺は、もう戻れない沼を全力で平泳ぎし、気付けば底へと沈んでいた。 旧Twitterでは日々BLを愛する同志たちと繋がり、商業・同人を問わず摂取を続ける毎日。 属性の好みは驚くほど偏っていて、 「クールな執着系美形ドS攻め」と「可愛い美青年系の無自覚健気受け」。 この二点が揃った瞬間、俺の理性は仕事を放棄する。 自宅の本棚は保存用・布教用・読む用で完全三分割。 薄い本と商業BL漫画に物理的に圧迫され、アクスタに囲まれ、痛バ制作のために缶バッジを無限回収する日々。ここまで来ると、もはや趣味ではなくライフスタイルだ。 そんな俺の平和な二次元中心生活に変化をもたらしたのは、まさかの三次元での出来事だった。*** きっかけは、山田という大学の友人の紹介で始めたアイス屋のバイトだった。 飲食経験は一応ある。だがワイ将、アイス屋は完全に初挑戦。 それより何より、この職場には一つ、統計的に明らかに偏りのある特徴があった。 働いている人間、全員が全員、平均値より明確に「上」の顔面スペックを有しているという点だ。 男女問わず、美男美女。例外なし。分布の歪みがひどい。 まあ、視覚情報が購買意欲に直結する商売なのだから、合理的判断ではある。 顔面偏差値の高い人間を前線に置けば、売り上げが伸びる。至極真っ当な最適解だ。 一方で、正々堂々モブ人生を歩んできた俺はというと、面接前日に山田から指導を受けた。 「髪はセットしろ」「眼鏡はやめてコンタクトで来い」。 採用確率が上がるらしい。人間社会は、思った以上に外見パラメータ依存型である。 「繁忙期のレジ要員だけでもいいから」と頼まれ、時給の良さに釣られて応募したはずが、気づけばトントン拍子で採用となり、短期契約は長期雇用へと書き換えられていた。 人間社会は常に不確定要素で満